仕事をリタイアして軽井沢でのんびりと暮らしたい。都会からの移住者の多くは、こうした思いを持ってやってくる。新天地で新たな趣味や楽しみを見つけて悠々自適の生活ー。そうしたステレオタイプなイメージがある一方で、額に汗し続けることが新たな人生のステージを彩るケースもある。決して「のんびり」はできない田舎暮らし。それもまた、幸せの形なのだ。
「森の中の静かな暮らし」を求めて
英国風の建物に『和惣菜』の看板。庭を彩る緑や紅葉の先に、ガレージを改装したこじんまりとした店舗が見える。軽井沢・追分の別荘地にある『四季彩』は、知る人ぞ知るお惣菜・お弁当の店だ。昨年(2012年)の秋にオープンして以来、周辺の別荘族の絶大な支持を集めている。
切り盛りするのは「もう商売はやめてゆっくりリタイア生活を送ろう」とこの地に移住してきたNご夫妻。ご主人は腕利きの和食の料理人で、京都や東京で店を切り盛りしてきた。「寝ずに仕入れと仕込みをしていても楽しい」という、根っからの職人肌。経営の方はテキパキと行動力のある奥様がこなしてきた。
「森の中の静かな環境で暮らしたかったんです」。イメージはドラマ『北の国から』のような北海道の暮らし。「指先が擦り切れるくらい」インターネット上を巡り、メープルホームズ軽井沢に辿り着いた。決め手になったのは、風格ある英国チューダー様式の住まいと「軽井沢」がイメージに合っていたこと、そして夢を確実にハイレベルで実現できそうだという安心感だった。
「家を建てたのは、これが8軒目なんですよ。お世辞ではなく、その中でもメープルホームズ軽井沢さんの対応がベストでした。疑問点や質問があるとすぐにスタッフが飛んできてくれ、しっかりと説明があり対策を実行してくれました」。分野は違えど同じ職人。施工に当たった職人さんの腕にも自然と目が行った。「その点もしっかりとしていましたね」と、完成後の品質にも満足している。
こだわりの味が評判を呼ぶ
自分たちで作り、提供するだけではなく、おいしい料理とお酒を楽しむのが大好きなご夫妻。軽井沢に移住後、しばらく毎週日曜日に東京・浅草まで飲みに行っていた。足繁く通ったのは昔ながらの焼き鳥店などが並ぶ浅草寺裏の庶民的な飲み屋街。その昭和ノスタルジーあふれる街の息吹は、都会でこそ味わえるものだ。そうした場所に関わりを持ち続けた深層心理に、身も心も完全に「田舎暮らし」に委ねるまでの、リハビリ的な要素もあったのかもしれない。
「3年くらいそんなことを続けたけれど、飽きちゃったのね。それで今度は庭にあずま屋を建ててそば打ちやおやき作りをしようかとか、軽井沢で新しい楽しみを作ることを考え始めたんです」と、奥様が振り返る。
それが最終的に惣菜店に結びついた。車庫を厨房とショーケースのある小さな店舗に改装。若いころのように生活費を稼ぐための店ではない。「8品くらい出せればいいかな」と、趣味の延長のつもりで始めた。
お惣菜のメニューは季節の魚の煮付けなど家庭的なもの。化学調味料・合成保存料不使用の完全無添加が最大のこだわりだ。魚の仕入れは車を運転して夫婦で築地まで出向く。野菜は地元の生産者から無農薬・有機野菜を直接仕入れている。それを長年かけて培ったプロの腕で仕上げるのだから、おいしくないはずはない。
最初はいわゆる「軽井沢価格」を覚悟して訪れるお客さんも多いというが、例えば定番の「八角弁当」が750円。料理の質・ボリュームに対して極めてリーズナブルな価格設定だ。「もともと楽しみでやっていますから。商売は二の次三の次。都内でこの規模・価格でやったら行列ができるレベルだと思いますよ」。
開店直後から口コミで評判が広がり、特に別荘を訪れる人が増える連休はてんてこまいの忙しさになった。初めは一品、二品と「お試し」でお惣菜を持ち帰るお客さんがどんどんリピーターになる。「品数を増やしてほしい」「こんなものも作ってほしい」。リクエストが増えるにつれ、規模を少しずつ拡大。多い時は明け方から週に3回築地に出向き、一日中仕込みと接客に追われる。軽井沢生活を彩る楽しみの一つのつもりが、いつしか生活の中心になっていった。
自分たちの楽しみが、お客さんの喜びに
「それでも、あくまで趣味ですよ。確かに大変だけど、仕入れも仕込みも好きですから」とご主人。これまではもっぱら裏方に徹していたため、店に立って接客するのは初めてだという奥様も、お客さんとのやりとりを日々楽しんでいる。
庭の一角にはテラス席を設けた。お弁当を買ってここで食べていくこともできる。愛犬連れも歓迎だ。メニューは日替わり。その時々で目利きした新鮮な魚介類や野菜を使う。取材に訪れた日に並んでいたのは、金目鯛のかぶと煮、新サンマの梅煮、アジの南蛮漬け、ナスの揚げびたしなど19品目。これに2種類の弁当が加わる。
お客さんの一人はリピーターになった理由を次のように話す。「日頃自分で作る料理も無添加・無農薬にこだわっているんです。だからお惣菜はほとんど買わないのですが、四季彩さんは別。もちろん、同じようにいい素材を使ってもプロの味付けは全然違います。味わうと同時に自分の料理に活かせるよう、勉強もさせてもらっています」。Nご夫妻にとって、得意の料理を通じてこうした形で「人の輪」が広がっていくのが、何よりも嬉しい。
宅配や移動販売など、もっと輪を広げることも検討中。でも、それがシビアな「商売」になってしまっては本末転倒だ。自分たちの楽しみと、それを文字通り「味わう」人たちの喜びが、バランスよく交差する。そうした絶妙な着地点を見出し、実行する力があるのがNご夫妻の強み。軽井沢ライフの達人だ。
お惣菜・京おばんざい料理 『四季彩』
長野県軽井沢町追分46-20
TEL. 0267-31-6157
営業時間 夏期:11:00~19:00 冬期:11:30~18:00
定休日 月・火曜日(月曜日が祭日の場合は営業し、水曜日に振替休業)